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"The Art of Happiness"-The Dalai Lama (3) 

この記事は前の記事からの続きです。
The Art of Happiness (1)
The Art of Happiness (2)

引き続きダライ・ラマの”The Art of Happiness”についての記事です。

“III. Transforming Suffering”というテーマの”10章 Shifting Perspective” より。

“In Buddhism in general, a lot of attention is paid to our attitudes towards our rivals or enemies. This is because hatred can be the greatest stumbling block to the development of compassion and happiness. If you can learn to develop patience and tolerance towards your enemies, then everything else becomes much easier- your compassion towards all others begins to flow naturally.”

(仏教では、我々の競争相手や敵に対する態度について多くの考察がなされています。なぜなら、憎しみは慈悲と幸福を培うにあたっての最大の障害となり得るからです。敵に対する忍耐と寛容の心を培うことができれば、それ以外のことはとても容易になり、敵以外のあらゆる存在に対する情けはごく自然に溢れ出てくることでしょう)。

“In fact, the enemy is the necessary conditions for practicing patience. Now there are many, many people in the world, but relatively few with whom we interact, and even fewer who cause us problems. So, when you come across such a chance for practicing patience and tolerance, you should treat it with gratitude. It is rare. You should be happy and grateful towards your enemy for providing that precious opportunity”
(p.146)


(実際のところ敵の存在は忍耐力の鍛錬のために必要な条件です。この世の中にはとても多くの人がいますが、我々が接点を持つのはその中の限られた人々であり、我々にとって問題を引き起こす人々はさらにその中のごく一部に過ぎない。ですから忍耐と寛容の鍛錬の機会に巡りあったら、感謝しなければなりません。希少な機会なのですから。そのような貴重な機会に巡りあえたらそれを喜び、機会を与えてくれた敵に感謝すべきなのです。)

IV. Overcoming Obstaclesというテーマの中の” Dealing with Anger and Hatred”より。

“Now, we’ve explored methods of developing patience and tolerance and letting go of anger and hatred, methods such as using reasoning to analyze the situation, adopting a wider perspective and looking at other angles of a situation. And end result, or a product of patience and tolerance is forgiveness. When you are truly patient and tolerant, then forgiveness comes naturally." (p.218)

(ここまで、忍耐と寛容を培い怒りや憎しみを解き放つ方法として、状況を合理的に分析したり、広い視野で別の角度から物事を見るといったことを考察してきました。この結果として、つまり忍耐と寛容からうまれるものは、許す心です。真に忍耐強く寛容であれば、許す心が自然と生まれてくるものです。)

IV. Overcoming Obstaclesというテーマの中の” Dealing with Anxiety and Building Self-Esteem”より。

“If there is a solution to the problem, there is no need to worry. If there is no solution, there is no sense in worrying either.” (p.229)

(問題の解決方法があるのであれば、心配する必要はないし、解決方法がないのであれば、心配する意味がない)。

ここまでこの記事を読まれた読者は、実際に困難に直面したらこんなきれいごとで、怒りや憎しみ、不安などは解決できないよ、と思われたかもしれません。実際、ダライ・ラマが日々唱えている古い祈りについて、カトラー博士も同じような疑問を投げかけています。俗世から縁を絶った環境にいた大昔の僧侶の考えなど、深刻な問題が山積している現代には適さないのではないかと。こうした対話からの帰り道、博士はダライ・ラマの置かれた環境に思いを馳せ、自分の発言に顔から火が出る思いをします。

チベットは、現在まで何十年間も中国からの激しい迫害に逢っています。僧侶への拷問や何十年もの投獄を含め信じられないような残虐なことが行われてきたのです。ダライ・ラマ自身も国を追われ今はインドに拠点を移しています。チベットの人々はダライ・ラマが奇跡を起こすことを求めてヒマラヤを越えて訪れてきます。中国に対しダライ・ラマが激しい怒りを覚え、チベット人の間に怒りを燃え立たせても当然ですし、彼が自分自身について無力感を感じ希望を持てなくなっても不思議ではない状況です。しかし、”Dealing with Anger and Hatred”の章で彼は「一例」として淡々と次のように語るのです。

“For example, so far as our own dealings with China are concerned, even if there is a likelihood of some feeling of hatred arising, we deliberately check ourselves and try to reduce that, w e try to consciously develop a feeling of compassion toward the Chinese. And I think that countermeasures can ultimately be more effective without feelings of anger and hatred.” (p.217)

(たとえば、我々の中国に対しての対応ですが、憎しみが生まれる可能性はあるものの、我々は憎しみを減らすように意識的に努力しています。我々は意識して中国に対する情けの心を育てるようにしているのです。そして、こうした対応方法は、最終的には、怒りや憎しみを伴わない最も効果的な方法だと考えています。)

また、博士が無力感やSelf-hatred(自己嫌悪)について尋ねると、ダライ・ラマは困惑します。自己嫌悪という概念がチベット人の間にはないようなのです。後日ダライ・ラマはこの点について考えたことを博士に話します。

“So long as we know and maintain awareness that we have this marvelous gift of human intelligence, and a capacity to develop determination and use it in positive ways, in some sense we have this underlying mental health. An underlying strength, that comes from realizing we have this great human potential. This realization can act as a sort of built-in mechanism that allows us to deal with any difficulty, no matter what situation we are facing, without losing hope or sinking into self-hatred.”

(我々が、人間の知性と、意志を養い建設的に利用する能力というすばらしい才能を認識し意識し続ける限り、我々の精神は健全であるといえるでしょう。つまり、人間の偉大な可能性を認識することから来る強さです。この認識さえあれば、どんな状況に置かれても希望を失ったり自己嫌悪に陥ったりすることなく、どんな問題にも対処できることになるでしょう。)

ダライ・ラマの人間に対するこの強い信念が、何十年に亘るチベットの困難な状況の中でチベットの人々を支え続け、そしてチベット人や仏教徒のみならず広く世界中の人に信念と希望とを与え続けている理由なのだと私は思います。

カテゴリー:あの名作をもう一度

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コメント

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私はお寺で精神修行をしています。世俗で生活しながら仏教の教えを生かすには、最終的には理論理屈より行動、実践です。きれいごとのように聞こえる内容も、実践するためには、かなりのド根性(笑)が必要だと感じています。しかし、徐々に心の中の平和なスペースが広がっていくのを感じられるのは素晴らしい経験です。

まゆみ様

コメントありがとうございます。

お寺で修行されているのですか。以前World Peaceを日々願っていると書いておられましたが、さすがですね。

おっしゃる通り、実践するためにはド根性が必要ですね。気長なド根性。現実をすぐに変えることはできなくても、気長なド根性をもって、できることを実践していきたいと思っています。まゆみさんを少しでもみならって。

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