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ゲド戦記"Tehanu"(『帰還』) 

「ゲド戦記」の映画の評判は、あまり芳しくないようですね。映画はみてないですが、原作ファン・ジブリファンとしては残念。原作と異なるストーリーやテーマを映画にしたいなら、有名な原作を部分的に借用しないで、オリジナル・ストーリーで勝負してほしいと思います。

映画を楽しめた方も楽しめなかった方も、もし原作を未読でしたら、ぜひ読んでみて下さい。特に最初の三巻を。

ゲド戦記最初の三部作のご紹介はこちらからどうぞ。
A Wizard of Earthsea (ゲド戦記第1巻「影との戦い」)
The Tombs of Atuan (ゲド戦記第2巻「こわれた腕輪」)
The Farthest Shore(ゲド戦記第3巻「さいはての島へ」)

さて、本日の記事は、その次の三巻、特に"Tehanu" (『帰還』)についてです。

"Tehanu" Story
"Tehanu"は、アチュアンの墓地から脱出した後ゴントでオジオンのもとに身を寄せ、今は中年の農婦になっているテナーと、虐待された後テナーに助けられた少女テルー、そして「さいはての島で」の終わりで大賢人としての力を出し切り、竜のカレシンにゴントに送りとどけられたゲドの物語です。

コメント
最初の三部作から17年の時を経て書かれた後半の三巻は、最初の三部作とはかなり異なります。詳細は後述しますが、後半三巻、特に"Tehanu"は明らかに大人向け、もっと言えば年齢の高い大人向けであると言えます。最初の三巻も子供にはやや難しいと思いますが、"Tehanu"は子供や若者が読んでも楽しめないでしょう。では「年齢の高い」大人はどうかというと、これも好き嫌いは分かれると思います。

以前の記事に書いた通り、アースシー世界の一つの重要なテーマは、「この世が一連の対(つい)―光と影、生と死、男と女など―から成り立っており、対の両方が一緒になって初めてこの世の均衡がもたらされること」です。最初の三部作が、このうち「光と影」を主眼に、「生と死」も含めて描かれているとすれば、後半の三作を貫くテーマは「男と女」「偉業と日常のなりわい」の対比であると言えましょう。また、「生と死」は、最初の三部作よりもさらに重みをまして描かれています。

"Tehanu"は、最初の三部作のファンの多くに困惑をもって迎えられました。ル・グィンのウエブサイトに掲載されている評論によれば、ル・グィンの言として"She recalls that in the beginning it attracted many angry reactions from men who declared that she had made Ged a weak character. He was not doing male things any more."とあります。また同じ評論に、"Tehanu"は多くの読者に"feminist statement"として受けとめられ、ル・グィン自身もそう認めたとあります。("Two Trilogies and a Mystery: Speculations on the Earthsea Stories" by Margaret Mahy
)

テーマがかなりシフトしたのは、前の三部作との間の17年間という年月、そしてル・グィン自身の年齢にもよるでしょう。Tehanuは、「偉業」がふり返るべき過去のものになってきており、人生の前半とは異なる人生を歩みはじめた人、人生の終盤が見えてきて、「死」がより現実のものとして近づいてきた人の物語だと思うのです。これは前半の三巻が「成長」の物語であったのと対照的です。冒頭に、年齢の高い大人向けと書いたのはそういう意味です。

私自身は、この本の設定自体はおもしろいと思いましたが、描き方に不満が残りました。(この先はネタバレを含みます)。




魔法の力を全く失ったゲドが、一人の男としての人生を歩みはじめるまでの、心の動揺と葛藤。最初の三部作は、傲慢で無謀な若者ゲドが、魔法使いとして人間として成長していく過程を描いた物語ですので、その続きとして、魔法の力を失ったゲドがさらに人間として成熟していくというのは、おもしろいテーマだと思うのです。

少々残念なのは、ゲドの心理描写や言動があまりにひ弱で表面的に思われたことです。大賢人として人間としても成熟してきたはずゲドが、魔法を失ったことでここまでになるとは思えない。もっと描き方があったのではないかと思います。

さらにテナーときたら、アチュアンの大巫女だった過去の栄光にすがる、現状に不満いっぱいの中年女といったところです。この間、テナーはオジオンとも多くの時間を過ごし、結婚して子供も育て上げています。その過程で彼女も人間として成長してきたはずなのに、その成長が見られないのです。

もし、ル・グィンが書きたかったことが、男と女が同じように力があり、偉業も日常のなりわいも両方意味があるということであったのなら、もっとテナーの人間としての成熟を示してほしかった。

と不満ばかり書きましたが、もしかしたら私がもっと年を取ってから読んだらまた異なる感想を持つのかもしれません。最初の三部作も子供のときはあまりおもしろいと思わなかったのですが、大人になっておもしろいと思うようになったので。

なお、続きの"The Other Wind"(『アースシーの風』)と"Tales from Earthsea"(『ゲド戦記外伝』)、特に外伝の方はそれなりに楽しめました。この2冊については、また別途。


photo
Tehanu: The Earthsea Cycle (Earthsea#4)
Ursula K. Le Guin
Simon Pulse 2001-09-01

by G-Tools , 2006/08/06



"The Last Book"という副題があるのですが、結局最終巻にはなりませんでした。

photo
帰還―ゲド戦記最後の書
アーシュラ・K・ル=グウィン 清水 真砂子 Ursula K. Le Guin
岩波書店 1993-03

by G-Tools , 2006/08/06





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コメント

こんにちは。

そう、ゲドが自分の魔力を失ったことでここまでへたれるのであれば、『The Farthest Shore』でとっとと魔力を失ってるはずだと思うんですよね。流れからいいますと。

私が読んだのは『A Wizard of Earthsea』から『Tehanu』までの4冊を1冊にまとめたもので、まとめるとどうしても一つの流れとしてどうしても読んじゃいます。でもそうじゃなくて前3部作を読んで、しばらく時間を置いてからTehanuを読むのが正解かと思いました。
これはこれで面白いと思うんですよね、ただ前3作との流れで読むと疑問が、というだけで。

こんにちわ。

そうですね。三部作の続きに、すぐ読むと違和感ありますよね。

私も、これはこれでおもしろいと思います。

続きだと思わずに、まったく別の物語だというくらいのつもりで読む方がいいかもしれませんね。

でもやはり、繰り返して読むなら最初の三部作+外伝かなと思います。

外伝はお薦めです。また別記事を書くつもりですが、ダ・ヴィンチ・コードとの類似性(男性によって作られた正統的魔法/宗教の系統と、異端とされてきた魔法/宗教の系統)という観点から読んでもおもしろいのではないかと思いました。

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