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「人生の王道 西郷南洲の教えに学ぶ」 

いまや「オヤジ本」の第一人者稲盛和夫氏が、西郷隆盛の遺訓を引きながら自らの考えを述べた書。

西郷隆盛の遺訓「南洲翁遺訓」は、庄内藩の有志によってまとめられたもの。庄内藩(幕府側)が新政府軍と戦って全面降伏した際、西郷は敗軍には帯刀を許したまま官軍から刀を召し上げて入城したとの逸話あり。その後西郷が下野して郷里に戻った後、庄内藩の藩主や若い武士たちが教えを請いに訪れ、その際にきいた言葉をまとめたもの。

以下いくつか抜粋してご紹介。

遺訓5条から抜粋
幾歴辛酸志始堅(幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し)

遺訓21条から抜粋
道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。

(ここでいう「天」は道理との解説)

遺訓22条
己れに克つに、事々物々時に臨みて克つ様にては克ち得られぬなり。兼ねて気象を以て克ち居れよと也。
(かねて精神を奮いおこして自分に克つ修行をしていなくてはいけない)。

遺訓24条
道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也。

遺訓25条
人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。

遺訓7条
事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一事の詐謀を用うべからず。人多くは事の指支ゆる時に臨み、作略を用いて一旦その指支えを通せば、跡は時宜次第工夫の出来る様に思え共、作略の煩い屹度生じ、事必ず敗るるものぞ。正道を以てこれを行えば、目前には迂遠なる様なれ共、先きに行けば成功は早きもの也。

遺訓38条
世人の唱うる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言う。真の機会は、理を尽くして行い、勢いを審らかにして動くと云うに在り。平日国天下を憂うる誠心厚からずして、只時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。
(勢いを審らかにして:時の勢いをよく見極めて)

遺訓30条より抜粋
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大義は成し得られぬなり。

遺訓20条
何程制度方法を論ずる共、その人に非ざれば行われ難し。人ありて後方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心懸け肝要なり。

遺訓27条
過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し。その事をば棄てて顧みず、直ちに一歩踏み出すべし。過を悔しく思い、取り繕わんとて心配するは、譬えば茶碗を割り、その欠けを集め合わせ見るも同じにて、詮もなきこと也。

photo
人生の王道 西郷南洲の教えに学ぶ
稲盛 和夫
日経BP社 2007-09-20

by G-Tools , 2008/05/05






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"The Art of Happiness"-The Dalai Lama (3) 

この記事は前の記事からの続きです。
The Art of Happiness (1)
The Art of Happiness (2)

引き続きダライ・ラマの”The Art of Happiness”についての記事です。

“III. Transforming Suffering”というテーマの”10章 Shifting Perspective” より。

“In Buddhism in general, a lot of attention is paid to our attitudes towards our rivals or enemies. This is because hatred can be the greatest stumbling block to the development of compassion and happiness. If you can learn to develop patience and tolerance towards your enemies, then everything else becomes much easier- your compassion towards all others begins to flow naturally.”

(仏教では、我々の競争相手や敵に対する態度について多くの考察がなされています。なぜなら、憎しみは慈悲と幸福を培うにあたっての最大の障害となり得るからです。敵に対する忍耐と寛容の心を培うことができれば、それ以外のことはとても容易になり、敵以外のあらゆる存在に対する情けはごく自然に溢れ出てくることでしょう)。

“In fact, the enemy is the necessary conditions for practicing patience. Now there are many, many people in the world, but relatively few with whom we interact, and even fewer who cause us problems. So, when you come across such a chance for practicing patience and tolerance, you should treat it with gratitude. It is rare. You should be happy and grateful towards your enemy for providing that precious opportunity”
(p.146)


(実際のところ敵の存在は忍耐力の鍛錬のために必要な条件です。この世の中にはとても多くの人がいますが、我々が接点を持つのはその中の限られた人々であり、我々にとって問題を引き起こす人々はさらにその中のごく一部に過ぎない。ですから忍耐と寛容の鍛錬の機会に巡りあったら、感謝しなければなりません。希少な機会なのですから。そのような貴重な機会に巡りあえたらそれを喜び、機会を与えてくれた敵に感謝すべきなのです。)

IV. Overcoming Obstaclesというテーマの中の” Dealing with Anger and Hatred”より。

“Now, we’ve explored methods of developing patience and tolerance and letting go of anger and hatred, methods such as using reasoning to analyze the situation, adopting a wider perspective and looking at other angles of a situation. And end result, or a product of patience and tolerance is forgiveness. When you are truly patient and tolerant, then forgiveness comes naturally." (p.218)

(ここまで、忍耐と寛容を培い怒りや憎しみを解き放つ方法として、状況を合理的に分析したり、広い視野で別の角度から物事を見るといったことを考察してきました。この結果として、つまり忍耐と寛容からうまれるものは、許す心です。真に忍耐強く寛容であれば、許す心が自然と生まれてくるものです。)

IV. Overcoming Obstaclesというテーマの中の” Dealing with Anxiety and Building Self-Esteem”より。

“If there is a solution to the problem, there is no need to worry. If there is no solution, there is no sense in worrying either.” (p.229)

(問題の解決方法があるのであれば、心配する必要はないし、解決方法がないのであれば、心配する意味がない)。

ここまでこの記事を読まれた読者は、実際に困難に直面したらこんなきれいごとで、怒りや憎しみ、不安などは解決できないよ、と思われたかもしれません。実際、ダライ・ラマが日々唱えている古い祈りについて、カトラー博士も同じような疑問を投げかけています。俗世から縁を絶った環境にいた大昔の僧侶の考えなど、深刻な問題が山積している現代には適さないのではないかと。こうした対話からの帰り道、博士はダライ・ラマの置かれた環境に思いを馳せ、自分の発言に顔から火が出る思いをします。

チベットは、現在まで何十年間も中国からの激しい迫害に逢っています。僧侶への拷問や何十年もの投獄を含め信じられないような残虐なことが行われてきたのです。ダライ・ラマ自身も国を追われ今はインドに拠点を移しています。チベットの人々はダライ・ラマが奇跡を起こすことを求めてヒマラヤを越えて訪れてきます。中国に対しダライ・ラマが激しい怒りを覚え、チベット人の間に怒りを燃え立たせても当然ですし、彼が自分自身について無力感を感じ希望を持てなくなっても不思議ではない状況です。しかし、”Dealing with Anger and Hatred”の章で彼は「一例」として淡々と次のように語るのです。

“For example, so far as our own dealings with China are concerned, even if there is a likelihood of some feeling of hatred arising, we deliberately check ourselves and try to reduce that, w e try to consciously develop a feeling of compassion toward the Chinese. And I think that countermeasures can ultimately be more effective without feelings of anger and hatred.” (p.217)

(たとえば、我々の中国に対しての対応ですが、憎しみが生まれる可能性はあるものの、我々は憎しみを減らすように意識的に努力しています。我々は意識して中国に対する情けの心を育てるようにしているのです。そして、こうした対応方法は、最終的には、怒りや憎しみを伴わない最も効果的な方法だと考えています。)

また、博士が無力感やSelf-hatred(自己嫌悪)について尋ねると、ダライ・ラマは困惑します。自己嫌悪という概念がチベット人の間にはないようなのです。後日ダライ・ラマはこの点について考えたことを博士に話します。

“So long as we know and maintain awareness that we have this marvelous gift of human intelligence, and a capacity to develop determination and use it in positive ways, in some sense we have this underlying mental health. An underlying strength, that comes from realizing we have this great human potential. This realization can act as a sort of built-in mechanism that allows us to deal with any difficulty, no matter what situation we are facing, without losing hope or sinking into self-hatred.”

(我々が、人間の知性と、意志を養い建設的に利用する能力というすばらしい才能を認識し意識し続ける限り、我々の精神は健全であるといえるでしょう。つまり、人間の偉大な可能性を認識することから来る強さです。この認識さえあれば、どんな状況に置かれても希望を失ったり自己嫌悪に陥ったりすることなく、どんな問題にも対処できることになるでしょう。)

ダライ・ラマの人間に対するこの強い信念が、何十年に亘るチベットの困難な状況の中でチベットの人々を支え続け、そしてチベット人や仏教徒のみならず広く世界中の人に信念と希望とを与え続けている理由なのだと私は思います。

カテゴリー:あの名作をもう一度

"The Art of Happiness"-The Dalai Lama (2) 

この本は、世界中のすべての人々に広く薦めたい名作である。特に世界の宗教的・政治的指導者すべての人に読んでほしいと心から思った。

この本は米国在住の精神分析医ハワード・C・カトラー博士によるダライ・ラマとの対話と、その対話についてのカトラー博士による解説の書である。最初は、なぜダライ・ラマの談話のみの本にせず対話の記録としたのか疑問だったが、読み始めてすぐにその効果が分かった。

対話の記録とすることにより、ダライ・ラマの話をきいたときに我々が感じる疑問をカトラー博士がダライ・ラマに投げかけ、それによってさらに分かりやすい説明を引き出してくれること、そしてカトラー博士が自分の精神分析医としての知識・経験と比較分析することにより、読者はより深い洞察が得られるのである。ダライ・ラマの考え方や実践方法は、当然ながら西洋医学の手法と異なる部分もある一方で、最新の医学的研究から効果があるとされている方法と共通点が多いことなど、解説自体も非常に興味深いものである。

この本を読んで私が感動したことは大きく2つある。

まずは、ダライ・ラマの教えが極めて現実的で実践的であることである。この本の主題”The Art of Happiness”は、個人が幸福感・精神的平穏をどのように得るかであるが、彼の言によれば、それは、「学習・教育、決意、信念、行動、そしてたゆまぬ努力の継続」である。

”The first step involves learning, education…….So, the next step is developing conviction. This conviction to change then develops into determination. Next, one transforms determination into action- the strong determination to change enables us to make a sustained effort to implement the actual changes. This final factor of effort is critical.”

カトラー博士とダライ・ラマの会話には、しばしば「テクニック」という言葉が出てくる。「こうした訓練をするための『テクニック』は何ですか?」といった調子である。宗教家の口から「テクニック」という単語が出ることに最初は違和感をおぼえるが、ダライ・ラマは「テクニック」という言葉を使うことをいとわない。彼の教えは、人間は体を鍛えるのと同じように、学び訓練することで精神を鍛え高めることができるということであり、まさにそれは一種の”art”(技術)なのである。

もう一つ私が感動した点は、ダライ・ラマの教えの普遍性である。ダライ・ラマは、仏教徒だけに語りかけているのではない。カトラー博士が、具体的な手法(テクニック)を質問すると、ダライ・ラマは必ずといっていいほど、「仏教徒であれば、これこれの考え方がよいであろう、キリスト教徒であれば、これこれの考え方が役に立つであろう、無神教であれば、これこれのように考えることがよいであろう」といった答え方をしてくれる。もちろん、その教えの根底にある考え方は宗教に係わらず共通なのであるが、人にはそれぞれの信念に基づいてもっともふさわしいアプローチがあるだろうという考え方が彼の説明の背景にある。その更に根底には、宗教の多様性を尊重する彼の信念があるのである。

“For myself, I’ve found that Buddhism is best. But that does not mean Buddhism is best for everyone….. And I think we can learn to celebrate that diversity in religions and develop a deep appreciation of the variety of religions….Therefore, we must respect and appreciate the value of all the different major world religious traditions.” (p.248)

(「私自身には仏教が最も適しています。だからといって仏教がすべての人に適しているということにはなりません。我々は、こうした宗教の多様性を称え、多様な宗教を尊重するようになれると私は考えます。我々は、世界のすべの異なる宗教的伝統の価値観を尊重し真価を認めるべきなのです。」)

異なる宗教を攻撃したり揶揄したり、同じ宗教でありながら宗派間で争ったりしている人々にぜひとも読んでほしい言葉である。これこそまさに、世界の精神的指導者にふさわしい言葉だと思う。

この本には、心に残る言葉は他にもたくさんある。また回を改めて書いてみたい。

関係記事:"The Art of Happiness"- The Dalai Lama


photo
The Art of Happiness
Dalai Lama XIV Bstan-'dzin-rgya-mtsho Howard Cutler
Hodder & Stoughton Ltd 1998-10-01

by G-Tools , 2007/04/08





photo
The Art of Happiness
Dalai Lama XIV Bstan-'dzin-rgya-mtsho Howard Cutler
Simon & Schuster Audio

by G-Tools , 2007/04/08




photo
ダライ・ラマ こころの育て方
ハワード・C. カトラー ダライラマ14世 Dalai Lama
求龍堂 2000-04

by G-Tools , 2007/04/08




カテゴリー:あの名作をもう一度


The Art of Happiness- The Dalai Lama 

ダライ・ラマの"The Art of Happiness"を読んでいます。

まだ途中なので、とりあえず最初の方でいいなと思った言葉をご紹介します。

"it is still my firm conviction that human nature is essentially compassionate, gentle. That is the predominant feature of human nature".

「それでも、人間の性質とは本質的に情け深くやさしいものだというのが私の固い信念です。それが人間の性質の主たる特徴なのです。」

- "The Art of Happiness", The Dalai Lama


カテゴリー:あの名作をもう一度


米国の大学の授業・セミナーをwebcastで見る 

今の時代、大学の講義など選別的にweb上でビデオ配信しているところもあるだろうな、と思ってちょっと見てみたら、たくさんありました。

ちなみに、網羅的な調査ではありません。Google検索などでささっと簡単に見つかったものしか例示していないので、特定の大学にご興味ある方は調べてみて下さい。

留学などを考えている方は、こういったwebcastで授業の雰囲気を見てみるのもよいですね。


大学のwebサイト上に"Webcast"というセクションがあって、webcastが一覧でまとめれて見られるのが、BerkleyとGerogetown。自然科学系から経済、法律までいろいろあります。
http://webcast.berkeley.edu/
http://webcast.georgetown.edu/ 
トニー・ブレア英首相やルービン元財務長官など様々なゲスト・スピーカーによる講演が配信されています。

Law Schoolで充実しているのは、デュークとハーバード。
http://www.law.duke.edu/webcast/
http://www.law.harvard.edu/news/webcasts.php


Business Schoolは、NYUや、ハーバードスタンフォードなどでプログラム紹介や、ゲストスピーカーを招いてのイベントなどを配信しています。他大学でもきっといろいろあるでしょう。

ちなみに、ハーバード・ビジネス・レビューは、隔週で無料ポッドキャストを配信しています。HBR IdeaCast

テクノロジー関係は充実していそうですが、とりあえず見つけたのは、
ノースウエスタン大学のInformation Technologyと、
スタンフォード大学の、Department of Electrical EngineeringでComputer Systems Colloquium (EE380)というクラス。後者は毎週ゲスト・スピーカーを招いてのクラス風景がweb配信されています。すごいですね。

http://www.it.northwestern.edu/webcasting/
http://www.stanford.edu/class/ee380/schedule.html

日本の大学は、"webcast"というセクションがあるところはまだ見つけられていませんが、個別にwebcastをしているところは結構あるようです。
東京大学大学院理数学研究科
早稲田大学エクステンションセンター(社会人教育)

大学の授業は授業料を払っている人のためなので、何もかも無料配信する訳にはいきませんが、無料公開シンポジウムなどはぜひweb配信してほしいですね。

また、授業も、登録者がweb配信で大学の授業を受けられる形態がどんどん広まるといいなと思います。Webなら双方向(参加型)も可能ですし。


関連記事  Second Life-教育・シミュレーションの場として


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