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川合玉堂展 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E5%90%88%E7%8E%89%E5%A0%82

山種美術館で開催中の川合玉堂展に行ってきました。
心が洗われました。

幸野楳嶺門下で竹内栖鳳と一緒に学んでいたということは、上村松園とも同じ時期に同門だったはず?

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With malice toward none, with charity for all 

昨日の日経新聞の春秋に、リンカーンの第二期大統領就任演説の一部が紹介されていました。すばらしい言葉だと思ったので、ご紹介します。

"With malice toward none, with charity for all"

「何人に対しても悪意を抱かず、すべての人に対して慈愛を以て」

「春秋」には新渡戸稲造がこの言葉に感銘を受け、座右の銘としたということも紹介されていました。

就任演説の中で、この言葉を含む段落は以下の通りです。

"With malice toward none, with charity for all, with firmness in the right as God gives us to see the right, let us strive on to finish the work we are in, to bind up the nation's wounds, to care for him who shall have borne the battle and for his widow and his orphan, to do all which may achieve and cherish a just and lasting peace among ourselves and with all nations."

最初の太字が、冒頭にご紹介した言葉ですが、もう一箇所太字で示した段落の最後の文も名言だと思いました。このような演説を行ったリンカーンが暗殺されたこと自体、世の中から"malice"をなくすことがどんなに大変かを示しています。未だ"malice"が満ち溢れている現代。リンカーンのこの言葉は人類にとって永遠の課題なのかもしれません。

PowerPoint to death 

"State of Denial"を読んでの感想のおまけです。

思わず笑ってしまった表現がありました。

"one of those PowerPoint-to-death meetings"

(いつもの通り、パワーポイント・プレゼンテーションのあまりの量に死にそうになるミーティング)

確か、国防省関連の戦略会議に出席する米軍幹部の発言だったように記憶しています。まずは、米軍の作戦会議でもパワーポイントを使っているんだ、とちょっと驚きました。

そして、不謹慎ながら"PowerPoint-to-death"に笑ってしまいました。その例では確かプレゼンのページ数は65ページ程度だったと思いますが、それでもかなりの量ですよね。

プレゼンする方は、ついあれもこれもと情報を詰め込みたくなるのですが、あまりに数多くのスライドを猛スピードでプレゼンしても、結局聞き手が情報量を処理できず記憶に残らないことにもなりかねません。

それにパワーポイント・ブレゼンの欠点は、後から読み返しても情報源として役に立たないことが多いことだと思います。

私が思うに、パワーポイントのページ数は極力削減してプレゼンを行い、配布資料はパワーポイントの「表示」=>「ノート」形式にして、ノートの部分に補足情報を書き込んだものにするのがベストだと思います。

そうすれば、very topの人には、本当に重要なポイントだけを強調して伝えることができ、補足情報が必要なその他の人々にとっては後から見ても役に立つ情報源となる。皆さんは、どう工夫されているのでしょう。

"PowerPoint-to-death"。ちょっと面白い表現ですよね。


関連記事
State of Denial(1)
State of Denial(2)
State of Denial(3)
State of Denial(4)


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ブログタイトルを変更しました 

ブログタイトルを変更しました。本ブログをリンクして下さっている方、お手数ですが、変更して頂けますと幸甚です。もう当面変更はしないと思います。今後ともどうぞよろしくお願いします。

ブログタイトルはここ数ヶ月間、ずっと変えようと思いつつ、四字熟語やら花の名前やら好きな本からの引用やらいろいろ考えていたのですが、面倒くさくなって最初に思いついた"Ten Thousand Leaves"で行くことにしました。

要は、「万葉」なんですが、これから万葉集に特化しようという訳ではなく、「よろずいろいろなことを書く」ということでございます。でもたまに万葉の英訳も載せていきたいとは思っています(まだ1回しか掲載していないですが)。


ではいろいろ考えていたブログタイトル候補をいくつか書かせて頂きます。へーこんな四字熟語があるんだ、という発見があったので備忘録的に。

百花繚乱

読書三到 (意味「読書の3つの心構え。心到、眼到、口到」)

明窓浄机(意味「明るい窓と清潔な机。整頓された書斎のたたずまいをいう。」こういう風にしたいなという願望だったのですが、やはり現実からあまりに乖離しているので却下)

雲外蒼天 (意味「困難を乗り越え努力して克服すれば快い青空がのぞめる」ちょっと力入った感じなので却下)

雲心月性 (意味 「無私無欲のたとえ」。これもありたい姿ですが、無理。)

植物関連では、向日葵、白木蓮、馬酔木、雪柳、沈丁花、篝火草、合歓の花、金木犀、万緑、鬼灯などを考えていましたが、季節によってあわなかったりしますからね。それになんだか俳句結社の機関誌のタイトルみたいですし。

さて、とあるオタクな本からとった以下のタイトル候補にはかなり執着がありました。でも有名な本だから(日本ではあまり知られていないけど)、この手のタイトルのブログやら、企業名やらがたくさんあることが分かってこれも断念。この本についてはいずれ書きます。

Life, the Universe, and Everything
Forty Two
Mostly Harmless
Magrathea

知らなければなんのことやらって感じですよね。でも、"Life, the Universe, and Everything"とか"Mostly Harmless"ってけっこうメジャーなメディアの記事にさらっと使われていたりすることに最近気づきました。スタートレックの導入の"bodly go where no one has gone before"が特にスタートレックからの引用という説明などなしに使われているように、説明なく使われているので、知らないと気づかない。さすがミリオンセラー。この本はいずれご紹介しますので楽しみにしていて下さい。

戦略的日本語教育を 

9月24日(日)の日経新聞に「『孔子』世界を駆ける」という記事がありました。
中国政府が国家プロジェクトとして中国語を世界に広めるために教育機関「孔子学院」を設立し、全世界でまずは100校の開校を目指しているとの内容です。

記事によれば、ドイツの「ゲーテ・インスティトゥート」、フランスの「アリアンス・フランセーズ」、イギリスの「ブリティッシュ・カウンシル」という語学学校は、いずれも各国政府の関連機関であり、膨大な予算が注ぎ込まれてきた由。ドイツの「ゲーテ」は年間予算300億円だそうです。翻って日本はというと、国際交流基金の海外日本語教育予算は年間35億円、国内外国人向け日本語教育のための文化庁国語課予算は36百万円とのこと。

コメント
天然資源も乏しく食料自給もおぼつかない日本が、今後世界で生き残っていくための唯一の資源が人的資源を基盤とする知的資源だと思います。少子化による労働力減への対応として、外国人単純労働者に門戸を広げる必要性などはよく議論されていますが、私は、単純労働はいずれロボットで代替可能であり、日本はむしろ、そうしたロボットの開発を始めとする技術開発等を主導する海外の知的労働者にどんどん来てもらう必要があると考えています。

では、日本に来てもらったとして教育現場や職場での言語はどうするか。外国人のために日本人を含めて皆が英語を使うのは非効率ですし、英語環境での教育現場・職場の魅力として日本がアメリカにかなうはずがない。やはり、日本語も使えて、かつ自分の専門分野で高度の知識・技能を持つ外国人を戦略的に増やす必要があるのではないでしょうか。

アメリカのシリコンバレーの発展には、相当数のインド系・中国系の人々が貢献してきています。各国のトップレベルの知能を惹きつけられることが、アメリカ経済の強みだと思うのです。

また、今回紹介された中国の中国語教育戦略は、経済発展のためのみでなく、外交戦略も含め世界における中国ソフトパワー強化を展望したものだと考えられます。

日本としても、国内での知的労働者確保の目的のみでなく、海外における日本の理解者・親日家を増やすためにも、海外での日本語教育さらに日本文化教育を推進していくことが重要だと思います。今後日本の対外投資や外交などをうまく進めていくためにも、そういう戦略的観点から日本語教育に投資していくことが必要なのではないでしょうか。

もちろん、日本語教育のみでことが解決する訳ではなく、言語はあくまでソフトパワーの一つの要素にすぎません。しかしこの一要素についても、手をこまねいてはならないと思うのです。

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