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スタープレックス
ストーリー
探査宇宙船スタープレックス号の乗員は、地球人、イルカ、六本足のウォルダフード族、車輪やポンプやなどたくさんの部品(?)が統合された生命体のイブ族という異星人。指輝官は地球人のキース。建造者も建造目的も不明な、瞬間移動を可能にする謎の通路を使って、銀河系のさまざまな未知宙域を探険することが使命である。
感想
痛快で、ストーリー展開が奇想天外で、知的好奇心も満たしてくれて、今まで読んだ中でも最もおもしろいSFの1つ。
いわゆるハードSFに分類されると思います。暗黒物質の謎、クォークは本当に6種類までなのか、地球が生命をはぐくむ惑星となったのは単なる偶然なのか、人類がまだ解けていない謎を奇想天外な「理論」と「証拠」(!)で痛快に解き明かしてくれます。
それに加えて、摩擦が絶えない異星人の乗員をどうまとめていくのか、自分自身が持つ異星人への反発・憎悪にどう対応していくのか、想像を絶する新たな種類の生命体と遭遇したときにどう接触していくのか、指揮官キースの心情を通じて、人間の永遠の課題である異文化間の共存についてもいろいろ考えさせられます。
でも小難しい本ではなく、とにかくテンポが早く、奇想天外なストーリー展開がものすごくおもしろい。そして、根底に流れる科学技術の発展がもたらすものと、異種生物の共存共栄の可能性に対するの楽観的な姿勢がいい。そういう意味ではジェームズ・ホーガンの「星を継ぐもの」のシリーズに似ています。やはりSFはこうでなくっちゃと思わせる1冊です。
(それにしてもイブ族の一人がキースに言った言葉は、心に残りました。イブ族はものすごく長寿なのに、誰かの時間を無駄にすることを「罪」とし刑罰まである厳しい種族。それでも、相手への礼儀にものすごく気を使い、相手に礼を失しないようとても心を配った言葉づかいを心がけ、過去の過ちはすぐに赦す。なぜなら、礼儀を失することによるボタンの掛け違いも、誰かの過去の過ちにいつまでも怒りを持っているのも、多いなる時間の無駄だから。深い言葉です)。
- [2009/08/23 11:38]
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"Hot, Flat, and Crowded" by Thomas L. Friedman
“The Lexus and Olive Tree”(「レクサスとオリーブの木」、“The World is Flat”(「フラット化する世界」)の著者、Thomas L. Friedmanによる5冊目の著書。フリードマンはNew York Timesのコラムニストでピュリツァー賞を3回受賞している。
本書はある意味”The World is Flat”の続編とも言える。フラット化する世界では、先進国の生活様式を世界中の人が見ることができるようになって貧困からの脱却の動機付けとなり、ネットのアクセスがあれば先進国経済に直接参加して生活水準の大幅な向上を実現させることすら可能となっていることが描かれていた。本書は、人口急増の中でのこうした「フラット化」による世界各地の急速な「アメリカ化」が、環境・エネルギーに大きな負荷となっていることの警告から始まる。
本書が単なる「エコ本」と一線を画すのは下記の3つの特色による。一つは、環境・エネルギーへの負荷を多面的なシステムとして捉え、システムとしての解決が必要であることを明確にしていること。もう一つは、ターゲット読者を明確に企業のトップや政治のリーダーに据え、今の危機を「チャンス」として捉えるよう繰り返し訴えていること、最後に、解決方法の具体例をビビッドに描き出していることである。
環境・エネルギーへの負荷に関するシステムとしての対応方法
具体的に5つの側面を特定し(エネルギー需給、資源国家の独裁的政治体制、気候変動、エネルギー貧困、生物多様性)、これらすべてを鳥瞰して問題を捉え解決することの重要性を訴える。
例えば(EUでは以前から問題になっているが)、温暖化対策のための代替エネルギー手段としてパーム油を開発するためにインドネシアの熱帯雨林の乱開発が進み、結果として二酸化炭素の放出量がネットで増加してしまうだけでなく、希少植物・動物の絶滅をもたらしているという愚(今地球上では平均20分で1種が絶滅している由)。
米国がそのエネルギー多消費生活形態を維持するために、世界で最も非民主的な国の一つであるサウジの政府と緊密な関係維持に腐心しているが、多額の石油代金がイスラム独自のチャリティ・システムを通じてかなりの部分がテロ組織に回っていること、すなわちテロ組織を自らファイナンスしながら、「対テロ戦争」と称して更に莫大な資金を投じていることの愚。
すなわち環境・エネルギーの特定の側面だけの解決を目指すような部分最適は全体の問題を悪化させる可能性が高く、システム全体としての対応が必要であることを繰り返し説いている。
企業トップと政治家へのメッセージ
読者層として企業トップや政治のリーダーを想定していることは、繰り返し”your company”, “your employee”, “your citizen”といった表現が出てくることからも覗える。企業のトップに対しては、「規制強化」に対してパブロフの犬のように何でもかんでも反対するのではなく、環境規制を競合他社との差別化を図れる「チャンス」と捉え、積極的な技術革新に資源を投入するよう訴える。
本書によれば、エネルギー業界は年間1兆ドルの売上を誇りながらR&D投資はその1%にも満たない(他の業界では8〜10%が通常。GEのイメルト社長によれば、過去20年間のヘルスケアとエネルギーへのR&D投資の差額はU$50bilに上る)。
具体的には、2007年にクリーンエネルギーに投じられたventure capitalの投資はU$5bilに過ぎなかった。同じ2007年に省エネと再生エネルギーのR&Dに向けられたFederal FundingはU$2bilに過ぎなかったから、民間投資と合わせてもU$7bilにしかならない(これはマイクロソフト1社の2007年のU$6bilのR&D投資程度の規模である)。Federal FundingでU$3bil、venture capitalを含む民間でU$5bilの合計U$8bilが得られたらそれなりの研究開発は進むであろう。これはたかだか、イラクでの戦争費用の9日間分である。
ちなみにITバブルの絶頂期の2000年にITに向かったventure capital投資はU$80bilにも上る。バブルの崩壊は個別の事業者や投資家には痛みをもたらしたかもしれないが、社会全体にはバブル期の多額投資は、光ファイバーによるハイスピードのネットアクセスと急速な技術革新・多様なサービスの発生という大きな恩恵をもたらした。
エネルギーも技術革新には、多額の投資と何万人という技術者による多様な技術の研究が必須である。
政府の役割としては、こうした民間による投資を促進するための長期に安定した制度作りが極めて重要。エネルギー開発投資は長期・多額の費用を要し、現在の米国のように再生エネルギーの制度がくるくる変わるようでは企業は安心して投資できない。また、再生エネルギーの経済性は油価によるので、油価によらずガソリン価格を一定以上に設定する税制度設計にするといった工夫も必要。Federal Fundingについては、トウモロコシエタノールのように政府が支援技術を特定して支援を行うのは愚の骨頂で、政府の資金は基礎研究に留めるべき。
政府も企業も、危機をチャンスに変え、”outgreen”する(省エネで競合他社や、他国・他州との差別化を図る)という気概が必要。ソ連との軍拡競争やスプートニク計画が技術の急革新をもたらしたように、省エネ技術での国どうしの競争は技術革新をもたらし、しかもこの場合は地球全体が恩恵を受けるwin-winの競争となる。
解決方法の具体的イメージ
著者は、ジャーナリストらしく、問題提起のみでなく安定した制度設計のもとで技術革新が進んだ理想的な社会を描いて見せる。スマートグリッド・スマートメーターにより、電力消費の「指値注文」ができるようになり、人々は深夜電力で電気自動車の充電をしたり食洗機を回すようになるなど、1日の電力需要が平準化される。電気自動車は駐車中は発電も行い、グリッドに売電する。また電力会社が消費量の増加ではなく省エネ促進により報われる制度設計にすることにより、電力会社は省エネ買い替えを推進し、追加発電所投資の必要量が大幅低下する。
(なおこれらの技術や制度はすでに部分的に実現している。電力会社に関する上記制度はカリフォルニアで導入されており、カリフォルニアのGDP単位あたりの電力消費量はNYに次いで低くCO2排出量は全米で最も低い。また先般の週刊ダイヤモンドによればコロラド州ボルダーのスマートグリッドの実験では、電力消費量が6割も減少した世帯もあった由)。
今後10年が最後のチャンスかもしれない、と危機感を訴えつつ、きちんとした制度設計があればきっと人知で解決できるという、”a sober optimist”による本書は読後感の清々しい本である。

- Hot, Flat, and Crowded: Why We Need a Green Revolution--and How It Can Renew America
- Thomas L. Friedman
- Farrar Straus & Giroux (T) 2008-09-09
by G-Tools , 2009/03/29
- [2009/03/29 12:41]
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Post American World
著者はNewsweek InternationalのEditor。インド生まれのインド人で18歳のときにアメリカに留学。インド人でありながら18歳以降アメリカで暮らしてきた著者ならではのアメリカ論が展開される。
タイトルは"Post American World"だがいわゆる大国凋落論ではない。今後アメリカは今のような唯一の超大国ではなくなろうだろうが、それはアメリカが衰退するということではなく、他の国が力をつけることによりアメリカの世界における相対的な位置づけや役割が変わっていく中で、アメリカの取るべき道についての提言の書。
著者は大英帝国の発展と衰退を追う一方、新興国の代表としての中国とインドにも注目。中国が世界の先進国であり鄭和のように世界に飛び出す人材を生み出した時代から停滞・弱体化していく様や、インドの社会主義下での停滞の時代から、工業化のステップを飛び越えてサービス産業が花開いていく様子を歴史を追って描いていく。
ここでのポイントは、国家の発展も衰退も、固有の文化によるものでも歴史的な必然でもなく、そのときどきの政策とそれにより規定される社会の在り方によるものだということである。たとえば中国などの最近の急成長を儒教による勤勉さといったことに帰する見方を否定し、そもそも昔から儒教文化はあった中で、中国が発展していた時代も停滞・弱体化した時代もあった訳で、儒教だけでは説明にならないとしている。もちろん、例えば西欧の大航海時代の拡大志向の背景の一つとしてキリスト教が持つ布教の使命感というものもあったなど、文化による影響を完全には否定しないが、儒教でもキリスト教でも文化・宗教は要素の一つでしかないということである。
むしろ、国家の発展も衰退もその時々の政策と社会の在り方による。鄭和が当時世界最大の船を建造し大海に乗り出していったにも拘わらず、その後中国は大型船の建造を禁止し海外渡航を禁じる政策に出る。その後、中国の文明の発展速度は低下し、後進国であったはずの西欧に技術面で後塵を拝することになったのである。
また大英帝国の停滞はover-strechにあり、世界のあらゆる細かいことに鼻を突っ込みすぎたことにある。ボーア戦争がその典型であり、これが大英帝国の転落の端緒となったとも言える。
こうした各国の歴史を紐解くことにより、著者は今後のアメリカの取るべき道を示そうとしている。
"The new role for new age is quite differnt from the traditional supoer power role. It involves consultation, cooperation and even compromise. It derives its power by setting agenda, defining issues, and moblizing coalition."
"It is not a top-down hierarchy in which the United States makes decisions and then inform a grateful (or silent) world."
具体的な指針も挙げられている。
1. Set the priority :大英帝国がボーア戦争で犯したような過ちを犯すべきでいない。国家のリソースには限りあり、中東から北朝鮮から何から何まで対応しようとすることにより、結局どれも解決できないといった事態は回避すべき。
2. Build broad rules, not narrow interest:その都度起こる事態で自国の利益を守るために一貫性のない行動を取ることはやめ、大きなフレームワーク、ルールの定着に注力すべき。よかれ悪しかれ第二次大戦後アメリカは、国際組織の構築や民主的国家の協働といった国際社会の発展に寄与していきた。今後の新興国も自分の国の発展のために、今ある国際ルールを覆すのではなく、そのルールの中でやっていこうという風潮になっていることは重要であり、それを維持していくべき。
3. Legitimacy is power :こうした国際社会のルールの定着をはかるためには、アメリカ自身がそれを遵守していくことが極めて重要。国連のsanctionなくイラクに侵攻するといったことを続けていれば、国際社会の反感を買い、国際社会のルール自体を自らが揺るがしてしまうことになる。
最後に、アメリカの強さの理由は、社会が開かれており移民や留学生を広く受け入れ、新しいアイディア、新しい才能を伸ばしていく活力にあると訴える。9・11後規制・統制が強まりこうしたアメリカの強さの背景が失われていくことに著者は強い危惧を覚える。当時反米だったインドからやってきた18歳の内気な少年を温かく迎え入れてくれたアメリカに戻ってほしいという結びの章に、著者の強い思いが込められている。
- [2009/01/17 22:20]
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「中国 危うい超大国」/"China-Fragile Superpower"
著者スーザン・L・シャークは、MIT政治学PhD。1997年〜2000年、クリントン政権で東アジア・太平洋局担当国務次官補として対中政策を統括。現在はカリフォルニア大学サンディエゴ校大学院教授として太平洋地域の国際関係を教える。
【コメント】
急速な発展の裏で、さまざまなひずみが生じている中国社会の実態を描く。長年中国を研究し、国務次官補として各種外交交渉に直接携わってきた著者であるからこそ書ける、中国の実態に深く踏み込んだ書。表層的なセンセーショナリズムとは無縁の、客観的で冷静な社会評と言える。
中国社会の抱えるひずみは、第2章に詳しいが、急速な高齢化、過度の貿易依存、不良債権、格差の拡大、腐敗などである。国民の不安と不満は強まっているが、選挙が行われず、一般のマスメディアに報道統制がかかっている中国では、こうした不満はインターネットなどで噴出する。
私が特に印象深く感じたのは、実はこうしたネットで表現される過激な反米・反日等のコメントはごく一部の人々の考え方でしかないかもしれないのだが、それ以外に生の声が反映される場がないので、これが「世論」となってしまうという説明だ。党も政府もネットの意見を非常に気にしており、これに振り回されているきらいがある。
実は党・政府も一枚岩ではなく、たとえば、党中央宣伝部が、とある事件について政府としての統一見解でないものを勝手に発表してしまうこともある(ベオグラードでの米軍による中国大使館誤爆事件等)。これに対してネット上の「世論」が愛国・反米で盛り上がってしまうと、暴動を恐れる政府としては取れる外交上の選択肢が縛られてしまうのだ。これは極めて危険な状況と感じた。
要は、中途半端な言論統制は、実は中央集権社会主義国家にとってもろ刃の剣になるということだ。とはいえネットが普及している現在、昔のような完全な言論統制は不可能である。
そうなると現実的な選択肢は、言論統制を廃止し、多様な意見が各種メディアで自由に議論され、そして多数の意思が選挙というかたちで政治に反映される社会にすることだ。現在のような偏向したごく一部のフィードバックが「世論」をリードしてしまう社会は、その国にとっても、そして国際社会にとってもとても危険だという著者の危機感がひしひしと伝わってきた。
最後に、中国政府として取るべき道、アメリカの対中政策で留意すべき点等が書かれているのが、実務家の著書らしい。
翻訳は徳川家広氏。ミシガン大で経済学、コロンビア大学で政治学の修士号を取得。内容の深い理解に基づくこなれた日本語訳で、訳書ということを意識せずに読める見事な翻訳でした。政治経済の分野の本では、なかなかこういった翻訳にはお目にかかれません。
【内容の紹介】
以下ざっと目次と、気になった章の概要です。
第1章 強国の内なる脆弱
第2章 奇跡の経済発展
1978年〜2004年にかけてGDPは年率平均9,5%で成長(最近は10%台)、人口増加鈍化により一人当たりGDPも年率8%で成長。しかし、中国は以下のような深刻な問題を抱えている。
・急速に進む高齢化
・GDPに占める貿易の比率75%と国際経済のショックに対し脆弱なこと
・不良債権問題
・雇用の確保(共産党中央党校の元校長の鄭必堅によれば、2006年から2015年にかけて都市部では毎年24百万人の雇用を生み出す必要があり、そのためには最低でも7%のGDPの年率成長率を確保する必要がある)。
・格差の拡大と、それがもたらすかもしれない大衆暴動に対する共産党指導部の恐怖感
・腐敗
・脆弱な公共財(教育、医療の不備、環境問題)
第3章 国内の脅威
指導部も一枚岩ではない。公安部、国家安全部の二つの官庁、人民解放軍、人民武装警察、党中央組織部、党中央宣伝部、社会的安定への強迫観念 民族暴動、労働争議 農村騒ゆう、学生の抗議運動
第4章 メディアとインターネットがナショナリズムを増幅する
宣伝部の予算と権限の拡大
日本、台湾、アメリカは売れるネタ
党も政府もインターネットで世論を読み解く
偏向したフィードバック
第5章 責任ある大国
東南アジア、インド、上海協力機構、6カ国協議、エネルギー安全保障
第6章 日本
第7章台湾
台湾が独立すれば共産党支配は崩れ去ってしまう。台湾が中国領となったのは、モンゴル、新疆、チベット、満州と同じく17世紀の清朝になってから。毛沢東はエドガースノーに「中国共産党が日本を打倒した後には台湾には独立を許すつもりだ」とさえ言っていた。
第8章米国
第9章 弱い中国の方が危険な理由
著者の提案
・党と政府は攻撃的ナショナリズムの促進をやめ、友好的ナショナリズムを促進する
・民間企業の発言力を強める
・軍に対する文民統制を強化
・マスコミに対する党の指導を弱める
・台湾政府と対話する
中国のためにアメリカができること
・中国の内政に干渉せず、対外行動を重視する
・アジア太平洋地域における強大なアメリカ軍を維持
・軍事力はひけらかさない
・日本を軍事大国にしない
・中台紛争を仲裁する
・中国に敬意を示す
・中国の経済大国化をおそれない
- [2008/08/10 22:25]
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Licensed to Kill: Hired Guns in the War on Terror
ジェームズ・ボンドの映画のようなタイトルだが、民間軍事請負会社(Private Military Contractor," PMC")に関するノンフィクション。
【本書の内容】
PMCは、米軍イラク統治下におけるFallujah(ファルージャ)でBlackwater社の契約社員(contractor)4名が惨殺された事件で、一躍一般にも広く知られるようになった。
Blackwater社をはじめとするこうしたPMCは、米軍のアフガン・イラクへの侵攻に伴って雨後の筍のように出てきたが、実は業界としての歴史は古い。いわゆる「傭兵」(mercenaries)は英国などによる植民地(もしくは旧植民地)における影響力行使のために利用されてきた長い歴史がある。近年では"mercenaries"という呼称ではないものの、途上国での資源開発企業の警備のためにこうした企業が使われている例も多い。本初の後半はこうした英国系企業についてである。
一方、本書の前半は、Blackwaterを中心とする米国系のPMCについてのドキュメンタリーである。著者はジャーナリストで、実際にBlackwaterのトレーニングキャンプに参加したり、イラクでcontractors達とともに生活したり、密着した取材を行っているため、ビビッドな描写となっている。
PMCは、国防省やCIAから「ロジスティックス」と「警備」を外注されている企業であり、よってそのcontractorsは厳密には「戦闘要員」でない。警備とは、たとえば、米国から要人が来訪する際に、バグダット空港からグリーンゾーンまでの危険なルートの移動を護衛したり、フセイン政権崩壊後の最初の駐イラク米国大使となったPaul Bremer氏の警護をしたり、アフガンのカルザイ大統領の警護を担当したりといった業務である。
戦闘要員ではないとは言え、業務の性質上、相応の経験が必要であり、contractorたちは元警官や軍人である。軍人の中でも陸軍のDelta Forceや海軍のSEALs出身などエリート・精鋭部隊出身も多い。当然採用基準も厳しく、一旦仮採用されても、トレーニングキャンプを無事卒業し正式採用されるのは、3分の2程度である。
しかし、無事に採用されれば、それなりの報酬が得られる。正規の軍人時代の年収が5万ドルだった人でも、PMCでは年収20万ドルも可能である。会社の儲けも大きく、社員一人当たり1日1500ドルを請求し、社員には500ドル支払う(差額は訓練費用・機器費用+利益である)。
こうして見ると、正規軍を使うよりPMCを使う方が、政府としては高くついてしまいそうだが、なぜPMCの利用が急拡大したのか。建前の理由は、訓練等の外注による効率化である。しかし、それだけではないだろうと著者は暗示する。すなわち、政府・正規軍が関与できない仕事をPMCに外注し、いざとなったら政府は知らぬ存ぜぬ、と言える状況を作るということが目的ではないかと。
それは著者が取材した一人のcontractorの発言に表れている。曰く
"You are deniable, disposable, and deletable." (p.68)
さらには、一人当たりのコストが正規軍人より高くとも、外注により必要人数を削減することによる、「効率化」もある。外注先は入札で決定され、固定費用での契約となるため、PMC側としては最大限「効率化」を図るインセンティブがある。
これが惨劇につながったのが、ファルージャでのBlackwaterのcontractor惨殺である。殺された4名は、新規にファルージャ駐留となったばかりであり、地元の状況にも十分通じておらず、4人がチームとして共に働いた経験もなかった。ファルージャは最も危険な都市の一つと認識されていたにも拘わらず、十分な引き継ぎも事前説明もないまま、とあるロジ業務(運搬)を指示される。通常、こうした業務は2台の"Hard skin"(装甲車)に6名が3名ずつ分乗して行われる。運転手以外の2名が前後左右に眼を配るためである。ところがこのときは2台の"soft skin"車に2名ずつの分乗で行くことになる。
4名はテロ攻撃にあい、惨殺され、何日間も死体は橋に吊るされたままとなった。遺族はBlackwater社宛に訴訟を起こしており、裁判の過程で、Blackwater社側のこうした数々の問題対応が明らかにされた。しかし本書発行の時点で訴訟は決着していない。
この事件で、PMCは広くメディア・一般国民の関心を集め、PMC企業の売上・利益が急成長していることも相俟って、税金使用使途としてのPMC利用の是非についての議論も闘わされるようになったようである。
【コメント】
この本を読んで、PMCの利用には2つ大きな問題があると思った。一つには、前述の過度な「効率化」の問題である。戦地における警備という人の命に係るものを「効率化」による「利益最大化」が目的である民間企業に委託することの是非は慎重な議論を要すると思う。
もう一つは、contractorが、正規軍のような厳しいrule of engagement(交戦規則)に縛られない中で、実質的に「戦闘要員」とならざるを得ない状況もあることである。
前述のようにcontractorたちは、厳密には「戦闘要員」ではないが、攻撃されたら反撃することはできる規則となっている(実質的にはこれがほぼ唯一のrule of engagementらしい)。問題は、イラクのような状況で「戦闘要員」と「非戦闘要員」を区分することの難しさである。
本書で挙げられている例では、Blackwater社のcontractor達と、米軍・およびウクライナ(かポーランド)の駐留軍がいた場所が攻撃にあい、米軍上官は負傷(もしくは死亡)、ウクライナの駐留軍は攻撃を禁じられている中、実質的にBlackwaterのcontractorがその場の指揮を執って反撃・脱出した例である。米軍のアパッチ・ヘリは途中で来たものの、着陸が許可されず、結局負傷者の救出もBlackwaterのヘリで行われた。
すなわちこの場所では、双方ともrule of engagementに縛られないテロリストとcontractorの間で実質的な戦闘が行われたことになる。戦争とはもともと政治の力で厳に回避されるべきものだが、いざ戦争が起ってしまった場合には、やはり国際間の交戦規則で縛られた戦闘員による戦争とそうでない戦争では、たとえば民間人への攻撃等への制約面でも大きく異なると考えられる。現代の戦争が、武器の殺傷力はそのままに、ルール面でのみ前近代の戦争に戻ってしまったという恐怖を感じる。
では、政府はPMCの利用をやめるべきなのか。本書はそうした問いに直接的なこたえは提示しない。しかし、読者に考えるべき大量の情報を提供してくれる本である。

- Licensed to Kill: Hired Guns in the War on Terror
- Robert Young Pelton
- Crown Pub 2007-08-28
by G-Tools , 2008/07/13
【関連記事】
State of Denial
戦争の経済学
- [2008/07/06 21:55]
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